Interview
長野移住を機に、好きだった木に携わる仕事へ。お客様の「古木」への情熱に応える喜び
田中 周一
たなか しゅういち
株式会社 山翠舎
工場グループ 古木関係
大好きな木に囲まれて仕事ができる、それが幸せ
「設計図を眺め、どの古木がいいか考えて、最適なものを見つけ出す。それがとにかく楽しいです」
満面の笑みで語るのは、長野県大町市にある山翠舎の倉庫工場で、古木を管理する田中周一さん。保管されている約5000本の古木の中から、求められている条件に合うものを見つけ出し、扱いやすいように下処理をして送り出すまでを担っている。
「古木は、画一的に加工された新材と違って、1つとして同じものはありません。それぞれ独特の大きさ、曲がり具合、風合いを持っています。それが古木の魅力であり、私もそれに魅せられた1人です」
山翠舎は古木を自社案件の施工に使うだけでなく、販売も行っている。古木を店舗や住宅に使いたい施工会社や工務店、個人の方など、さまざまなお客様からの、多岐にわたるオーダーが営業を通じて田中さんのもとに届く。田中さんはその一つひとつの要望を丁寧に聞き取り、それぞれのイメージに合う古木を探し出して提供する。
「お客様の中にはわざわざ倉庫まで足を運んでくださる方もいらっしゃいます。もっと古いものを望む方や、あえて昔の削り跡を加工せずに残してそのまま使いたいとおっしゃる方など、古木に対する強い思い入れと情熱を感じます」
自社の現場監督と職人の間に立ってサポートしたり、お客様のさまざまな要望を聞き取ってそれに応えたり。管理の仕事にはそんなバランサー的な役割も求められる。この春ここでの仕事に就いたばかりの田中さんだが、これまで積み重ねてきた豊富な経験を生かし、その役割を十分に果たしている。
挫折の経験から、自分に足りないものを手にしてきた
最初の就職まで、地元大阪で過ごした田中さん。大学は建築学部で、集落や民家が研究対象だった。
「昔の民家は木でできていますから、調べるうちに木という素材への想いも強くなっていきました。それが木を好きになった原点だと思います」
大学院を出て、地元の設計事務所に就職。やりがいを感じながらも、仕事を抱えすぎてしまうという課題に直面した。思い悩んだ田中さんは思い切った決断をする。
「仕事に一度区切りをつけ、自分を見直すためにも、長い旅に出ました。東南アジア、インド、中国を旅しましたが、見ていたのは結局集落や民家でした」
観光地ではなく、自然と田舎の集落に足が向かってしまう自分は、やはり建築が好きなのだと再認識したという。
「旅から学んだものはそれだけではありません。仕事に対して真面目すぎるところがあったので、頑張るところと適度に力を抜くところのバランスを覚えました」
その後、東京の設計事務所で2年働いたのち、監査法人でコンサルタントとして勤め始めた田中さん。前職となる、この監査法人での学びは大きかったという。
「次々に新しい仕事が来るので、対応力が身につきました。また、一歩引いて仕事の全体像を見られるようになったのは大きかったです」
監査法人でのプロジェクトマネジメントの経験を通し、物事を客観的に俯瞰して考えるスキルを身につけ、順風満帆の日々を過ごしていた田中さん。だが、意外なところから転機が訪れる。きっかけは娘さんの長野県大町市への山村留学だった。
「当時娘は小学校4年生。山村留学をしたいと言われ、すぐに賛成しました。妻に小さい頃田舎暮らしへの憧れがあったこと、私も娘にとって良い経験になると思ったことなどからです。娘に会いに大町に足を運び、その魅力に触れるうちに、ここで子育てをしたいと思うようになりました」
そして2年前、仕事を辞め東京から大町に移り住むことを決意した。手に職をつけ、ものづくりをする側に回りたいという想いも再認識したことから、松本市にある技術専門校建築大工コースに通うこととなった。
価値の見えないものに手をかけ、命を吹き込む。そんな仕事がしたい
山翠舎と出合ったのは技術学校で1年学んだ後、インターンとして働ける会社を探していたとき。たまたま大町に倉庫があることを知り、働かせてもらえないかかけ合ったのがきっかけだ。
「山翠舎でインターンとして、1年強現場に出させてもらいました。これが本当に良かった。この時の経験は今の仕事に大きく活きています」
現場を経験し、仕事の流れや古木の使われ方を知ったことで、古木管理の仕事がより深く理解できたのだという。一見畑違いに見える、コンサルタント時代に培われた俯瞰して物事を考えるスキルも今の仕事に役立っている。
「山翠舎のユニークなところは、古木の管理から設計、デザイン、施工まで一気通貫でできること。実は建築業界でも、全部できるところは多くありません。しかも、古木を使った店舗の施工実績は日本一(店舗デザイン.COM調べ)。これからはその魅力をもっと多くの方に知っていただきたいですね」
建築や古木について話すと自然と笑みがあふれ出す。最後に山翠舎でやりたいことを尋ねてみると、田中さんらしい答えが返ってきた。
「古いもの、一見しただけでは価値の見えないものに手を加え、価値を可視化させることをやりたいです。以前、娘が通っていた幼稚園に竹林があって、そこで整備のために切った竹を捨てずに加工し、箸や楽器を作った体験が楽しくて印象に残っています。そんなふうに古木や古民家をはじめ、古いものを捨ててしまわず、再び命を吹き込む今の仕事が楽しいですし、建材には使えないような古木の加工や使い方の新しい可能性も探っていきたい。これから山翠舎で挑戦してみたいことが、本当にたくさんあるんです」